大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和59年(ワ)31号 判決 1984年9月17日

原告 株式会社 五光石油

右代表者代表取締役 橋爪正夫

右訴訟代理人弁護士 小栁晃

被告 千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 川村忠男

右訴訟代理人弁護士 熊谷秀紀

同 若江健雄

主文

一  被告は、原告に対し、金四六万三五四四円及びこれに対する昭和五八年六月一九日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨及び仮執行宣言の申立。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (被保全債権)

(一) 有限会社藤田鉄筋(代表取締役藤田正一、以下「藤田鉄筋」という。)は、別紙約束手形目録記載の約束手形四通を振出した。

(二) 原告は、右約束手形四通を所持している。

(三) 原告は、別紙約束手形目録一記載の約束手形を満期に支払場所に呈示した。

2  (債務者の無資力)

藤田鉄筋は、昭和五八年三月一五日以前に銀行取引停止処分を受け、その頃から営業を休止している。従って、原告は、右1(三)のとおり呈示した約束手形につき支払を拒絶され、別紙約束手形目録二ないし四記載の約束手形についても、藤田鉄筋は、右手形金債務を支払う資力がない。

3  (保険契約)

(一) 藤田鉄筋は、被告との間で、被告を保険者として、次のとおり保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険の種類(名称) 積立ファミリー交通傷害保険(Ⅴ型)

(2) 申込日 昭和五五年七月一〇日

(3) 証券作成日 同年八月八日

(4) 被保険者 藤田正一

(5) 保険期間 昭和五五年七月一〇日午後一時から同六〇年七月一〇日午後四時まで

(6) 保険料 右保険期間中の毎月一〇日限り金一万九八八〇円宛支払う。

(7) 解約権の留保 保険契約者は、いつでも、本件保険契約を解約することができる。

(8) 返戻金の支払 保険者は、保険契約者が本件保険契約を解約する旨の意思表示をなしたときは、保険者の定める方法によって計算した金額を保険契約者に返戻する。

(二) 昭和五六年六月一日、右(6)の保険料について、同年七月一〇日以降に弁済期が到来するものは毎月一万九一八〇円宛支払うものと変更された。

(三) 藤田鉄筋は、本件保険契約に基づき、昭和五五年七月一〇日から同五八年二月二八日までの間に、保険料として合計金六二万二一六〇円を被告に支払った。

4  (債権者代位権の行使)

原告は、右1の約束手形金債権を保全するため、藤田鉄筋に代位し、被告に対し、本件保険契約を解約する旨の意思表示をなし、右意思表示は、昭和五八年六月一五日、被告に到達した。

5  (解約返戻金額)

しかして、右3(一)(8)の約定に基づく計算方法によれば、保険契約者が、右3(三)のとおり保険料を支払った後、昭和五八年六月一五日に本件保険契約を解約した場合には、保険者は、金四六万三五四四円を解約返戻金として保険契約者に返還すべきこととなる。

6  (結び)

よって原告は、被告に対し、藤田鉄筋の債権者としてこれに代位して、本件保険契約に基づく解約返戻金四六万三五四四円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年六月一九日から支払済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)ないし(三)及び同2の事実は不知。

2  同3(一)ないし(三)、同4及び5の事実は認める。

三  被告の主張

1  (解約権の一身専属性)

本件保険契約は、傷害保険であるから、個人が身体に傷害を受けたことによる治療費等の積極損害又は逸失利益を補う目的のものであり、被保険者の現実の生活に対する保障機能は、損害保険及び生命保険に比べ、極めて大きいものである。保険契約者が傷害保険契約を解約することは、保険事故発生時における被保険者の生活に最も密着した担保である右のような期待権を奪う結果となる。本件では、保険契約者と被保険者とは実質上同一であり、このような契約関係にあって保険契約者が自ら解約権を行使することは、自らの生活に対する保障を放棄することとなる。以上のような解約権行使の実際上の効果よりすると、右解約権は、保険契約者の一身専属権と解すべきである。従って、債権者代位権に基づいて保険契約者の債権者がこれを行使することはできない。

2  (保険料の振替貸付)

(一) 藤田鉄筋は、本件保険契約締結に際して、被告と別紙一記載の内容の特約を結んだ。

(二) 藤田鉄筋は、昭和五八年二月一一日以降の保険料を被告に支払わない。

(三) そこで、被告は、右特約に基づき昭和五八年二月一〇日以降の保険料支払の猶予期間満了日である同年四月三〇日から、藤田鉄筋に対し、保険料の振替貸付を開始した。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1のうち、本件保険契約の解約権が保険契約者の一身専属権であるとの主張は争う。

2(一)  同2(一)及び(二)の事実は認める。

(二) 同2(三)の事実のうち、被告が、藤田鉄筋に対し、昭和五八年四月三〇日及び同年五月三一日に、各金一万九一八〇円を振替貸付したことは認め、同年六月分以降の振替貸付については否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実について。

《証拠省略》によれば、請求原因1(一)ないし(三)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

《証拠省略》によれば、請求原因2の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

請求原因3(一)ないし(三)、4及び5の事実は当事者間に争いがない。

二  被告は、本件保険契約の解約権は保険契約者の一身専属権であるから、保険契約者の債権者たる原告が債権者代位権に基づいてこれを行使することはできない旨主張するので、この点について検討する。

民法四二三条一項但書は、債務者の一身に専属する権利については債権者代位権の目的となりえない旨を定めているが、右の債務者の一身に専属する権利とは、その権利を行使するかどうかを債務者の意思に任せるべき権利をいうものと解すべきである。

しかして、保険契約の解約権が一身専属権であるか否かは、一律に論ずべきではなく、当該保険契約の種類や内容によって個別的に検討すべきである。なぜなら、保険契約といっても、保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完的意味合いを強くもっているものもあれば、そのような意味合いが殆んどなく、専ら純粋に損害の填補だけを目的とするような性質のものもあるのであって、前者のような保険契約にあっては、保険契約の継続・解約の意思決定について専ら保険契約者の意思を尊重すべきであり、いかに債権者とはいえその容かいを許すべきではないが、後者にあっては、解約権あるいはその結果発生することのあるべき解約返戻金請求権も特に通常の財産権と別異に論ずる必要はなく、債権者の代位行使を許して差し支えないと解されるからである。

そこで、本件保険契約について検討するのに、本件保険契約は藤田鉄筋を保険契約者兼保険金受取人、同代表者個人を被保険者とする傷害保険契約であることからすれば、本件保険契約は、代表者個人の傷害事故によって藤田鉄筋がその事業活動に支障を来し、ひいては財産的損害を被ることを予想し、それを専ら経済的意味合いで填補することを第一次的な目的とするものであり、生活保障あるいは社会保障の補完的意味合いはほとんどないものと解される。そうであれば、本件保険契約の解約権は債権者代位の対象にならない一身専属権であると解すべき理由はないといわなければならない。

従って、原告において債権者代位権に基づいて、保険契約者藤田鉄筋に代位して約定の本件保険契約の解約権を行使したことにより、昭和五八年六月一五日に本件保険契約は終了したものと認められる。

従って被告において、同年六月以降も藤田鉄筋に対して保険料の振替貸付を継続したとの被告の主張は、右認定に照らし、理由がない。

三  右のとおり、本件保険契約が終了したために、藤田鉄筋が被告に対して有することとなった解約返戻金四六万三五四四円の請求権についても、前述と同様の理由で藤田鉄筋の一身専属権ではないものとみるべきであるから、原告は被告に対し、藤田鉄筋の債権者としてこれに代位して右金員の支払を求めることができる。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一六九条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 根本久 裁判官 西尾進 後藤博)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例